55 見えない壁
手術機に看護師転身

生体肝移植を機に准看護師になり、壁を乗り越えながら働いている豊田由美さん。私たち移植患者みんなが勇気づけられる=公立みつぎ総合病院
生体肝移植を機に准看護師になり、壁を乗り越えながら働いている豊田由美さん。私たち移植患者みんなが勇気づけられる=公立みつぎ総合病院

 「風邪をひいたのかしら…」

 1999年7月9日、当時29歳だった豊田由美さんは尾道市内の自宅玄関で倒れ、そのまま意識を失った。

 小学1年生の一人息子章雄さんが帰宅して見つけた。吐いたら大変だと思ったらしい。とっさに母の頭にサッカーボールをあてがい、友人宅へ駆け込んで救急車を呼んだ。

 B型肝炎ウイルスによる超急性型劇症肝炎の発症だった。肝細胞が急激かつ大量に破壊され、いくら再生力に富んだ肝臓でも追いつかない。血液中の毒性物質が除去できず、肝性脳症による 昏睡 ( こんすい ) が続いた。

 この段階へ至ると予後は極めて厳しい。唯一残された可能性は肝移植だった。

 一刻の猶予もない。豊田さんは救急搬送先から岡山大病院へ転院。3歳年上の兄がドナーに名乗り出て、7月23日、生体肝移植を受けることができた。

 病気らしい病気の経験がなかった豊田さん。もちろん移植についてもほとんど予備知識はなかった。正気に返り、寝耳に水どころか、わが耳を疑ったかもしれない。ICU(集中治療室)で幻視や幻聴に悩まされ、リハビリに苦しんだものの、幸い順調に回復した。

 しかし、いざ日常生活に戻ろうとすると、「見えない壁」が立ちはだかった。同病院の肝移植は今や247例(今年6月末まで)に達しているが、豊田さんは10例目だった。まだ大半の人の目に、肝移植レシピエントは「異邦人」のように映っていただろう。

 移植を受けたことを知ると、仲のよかったご近所さんの足が遠のいてゆく。憤まんやる方ない様子の章雄さんの話を聞いてみると、学校で先生に「私なら移植は受けない」と言われたらしい。地元の病院を受診して肝移植後だと告げると、医師も看護師も「こちらではよく分からないので…」と尻込みされた。

 「それなら自分で勉強してみよう」。決意した豊田さんは看護学校に入学。2004年3月に卒業し、准看護師として働き始めた。

 勤務した医療機関ですぐに受け入れられたわけではない。「夜勤にも入れます」と言っても、「激務に耐えられないでしょう」と先入観のまなざしを向けられたこともあった。

 今年4月からは公立みつぎ総合病院(尾道市御調町)の病棟で働き始めた。山に囲まれた地域の中核医療機関である同病院の入院患者はお年寄りが多い。

 病室を巡回して患者の脈を取る。自分もチューブだらけになり、看護師さんの顔を見て安心したこと、飲みにくい粉末薬に苦労したこと…。患者の身になって思い返す。

 豊田さんはこの病院に来て、移植レシピエントであることを隠すことはなくなった。

 がんを治療して職場復帰された方なども、同じような思いをされているだろう。私たちも社会の一員。できるだけ普通の人と同じように暮らし、働きたいと願っている。

   ■  ■

 昨年4月から55回にわたり、体験記をつづらせていただきました。「移植の門」の修行に終わりはありませんが、前向きに、一歩ずつ「よかった探し」を続けたいと思います。ひとまず連載の筆を置きます。ご愛読ありがとうございました。

(完)


メモ

 よかった探し 米国人作家エレナ・ホグマン・ポーター(1868~1920年)の小説「少女パレアナ」の主人公は、逆境にめげず、父親の遺言を信条としてポジティブ(肯定的・積極的)に生きた。日本では同作を原作としたアニメ「愛少女ポリアンナ物語」がテレビ放映(1986年)され、「よかった探し」という言葉が定着した。ポジティブな言葉や感情は人に大きな影響を与えることをたとえて、心理学用語で「ポリアンナ効果」と呼ぶことがある。

(2010/7/26)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

消化器・肝臓・胆嚢・膵臓    患者・家族    県南東部    広島    女性    健康、予防、予後    
劇症肝炎    肝性脳症    岡山大学病院    公立みつぎ総合病院    臓器移植    職場復帰    術後    



55 見えない壁 手術機に看護師転身 (2010/7/26)



54 マスカットの会 悲喜共有目指し始動 (2010/7/19)



53 小さな友達 感動の体験発表 (2010/7/5)



52 出会い 患者支援で慈善公演 (2010/6/28)



51 1級障害者 薬飲まねば肝臓廃絶 (2010/6/21)



50 自戒の輪 腹水解消も服薬続く (2010/6/14)



49 ステント 肝静脈支える金剛杖 (2010/5/31)



48 袋小路 血管内手術繰り返す (2010/5/24)



47 胆汁漏れ ほころび見つけ治療 (2010/5/10)



46 PET リンパのがん化疑う (2010/5/3)



45 簡易無菌室 骨髄穿刺におののく (2010/4/26)



44 再入院 白血球減り再び腹水 (2010/4/19)



43 家庭内「隔離」 特別扱い 不満募らす (2010/4/5)



42 ムンテラ 100点目指さず退院へ (2010/3/29)



41 バルーンカテーテル 「血管ナビ」で患部へ (2010/3/15)



40 ミクロの決死圏 SF世界の手術現実に (2010/3/8)



39 最大のピンチ 腹水漏れ血管造影 (2010/2/22)



38 過小グラフト 再生しながら重労働 (2010/2/15)



37 薬のデパート 10種類服用で“満腹” (2010/2/1)



36 一般病棟へ 点滴刺し替えに難渋 (2010/1/25)



35 森田院長インタビュー 数こなし「臨床力」を (2010/1/18)



34 大遠征 一般病棟の弟見舞う (2010/1/11)



33 胆道閉鎖症 「みとり」考えたくない (2009/12/28)



32 8100ミリリットル ICU脱出阻んだ腹水 (2009/12/21)



31 パルス 拒絶反応を未然回避 (2009/12/7)



30 レビンチューブ 解放後食事し生実感 (2009/11/30)



29 コード人間 絡まり寝返り打てず (2009/11/23)



28 どんでん返し がん 間一髪で血管外 (2009/11/16)



27 パンドラの箱 希望与えた基準変更 (2009/11/2)



26 ミラノの壁 手術阻む8センチのがん (2009/10/26)



25 クリスマスの誓い がん再発「後悔ない」 (2009/10/19)



24 長い長い闘い つらいC型肝炎治療 (2009/10/12)



23 デンバーシャント 想定外の「最終兵器」 (2009/10/5)



22 新世界より 目覚めは第2誕生日 (2009/9/28)



21 出血との闘い 血液を総入れ替え (2009/9/21)



20 血管吻合 超繊細な針仕事 (2009/9/14)



19 グラフト 命つなぐ339グラムの左葉 (2009/9/7)



18 執刀 重い役割担う麻酔医 (2009/8/24)



17 手術台 麻酔直前またサイン (2009/8/10)



16 IC “神の摂理”に背いても (2009/8/3)



15 敵は身中にあり 頭から足先まで検査 (2009/7/27)



14 待機の日々 同僚に手術記録を依頼 (2009/7/20)



13 弟 奇跡の生還思い返す (2009/7/13)



12 社会的な死 「苦悩」分かち合う (2009/7/6)



11 大病人 「重篤」の現実自覚 (2009/6/29)



10 ナッシュ 油断できない脂肪肝 (2009/6/22)



9 保険適用 生存率高いと無理? (2009/6/8)



8 ドナー希望 両親の申し出拒む (2009/6/1)



7 遠い世界 手術考えないと主張 (2009/5/25)



6 難治性 腹水穿刺に涙こぼす (2009/5/18)



5 食道静脈瘤 “爆弾”抱え 戦々恐々 (2009/5/11)



4 暗澹たり 回復不能の「肝硬変」 (2009/5/4)



3 カエル腹 腹水たまり 体重が急増 (2009/4/27)



2 まさか 日本初を取材 18年後自ら (2009/4/20)



1 二つの手術室 刻まれた「ベンツ紋章」 (2009/4/6)








院長室から
病院長    槇野博史
高度な医療をやさしく提供
ナースセンターから
副病院長・看護部長    保科英子
社会の期待に応えたい
基本情報
http://www.hsc.okayama-u.ac.jp/hos/



岡山市北区鹿田町2-5-1



086-223-7151



岡山駅バスターミナルから「12」・「22」・「52」系統の岡電バス又は 「(大学病院経由)新岡山港」行きの両備バスで7分「大学病院前」下車。  岡山駅タクシー乗り場からタクシーで約5~10分。  岡山駅前から「清輝橋」行き路面電車で12分「清輝橋」下車西へ徒歩5~10分。



地図はこちら
1870年、岡山藩が現岡山市に開いた「医学館」の病院が起源。この病院は変遷を経て大正時代、旧制岡山医学専門学校(現岡山大医学部)の附属病院となり、その後岡山大学誕生とともに現在の姿となった。

臓器移植、小児心臓外科、幹細胞移植など先進的医療の推進と、遺伝子細胞治療の開発では全国で最も進んだ施設。今後も、新しい医療の開発を続け、他機関にない先進的医療を創造し、実践していきたい。

「高度な医療を優しく提供し、優れた医療人を育てる」が理念。患者さんに安全で優しく公正な医療を実践し、医療の中で温かい人間関係をはぐくむことができ、安らぎを与える病院環境を目指したい。

診療科目
総合診療内科、消化器内科、血液・腫瘍内科、呼吸器・アレルギー内科、腎臓・糖尿病・内分泌内科、リウマチ・膠原病内科、循環器内科、神経内科、感染症内科、消化管外科、肝胆膵外科、呼吸器外科、乳腺・内分泌外科、泌尿器科、心臓血管外科、整形外科、形成外科、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科、精神科神経科、脳神経外科、麻酔科蘇生科、小児科、小児外科、小児神経科、産科婦人科、放射線科、総合歯科、むし歯科、歯周科、補綴科(クラウンブリッジ)、補綴科(咬合・義歯)、口腔外科(再建系)、口腔外科(病態系)、歯科放射線・口腔診断科、歯科麻酔科、矯正歯科、予防歯科、小児歯科、救急科/救急部、病理診断科/病理部
診療時間
900-1200
1200-1700
※診療時間は受診の前に必ず病院に確認してください。初診と再診で異なる場合があります。
特記事項
院内サービス