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日本形成外科学会は認定施設で通算4年以上研修した医師を審査し専門医に認定、ホームページで公開している。岡山県内の認定施設とこれに準じる教育関連施設の専門医は森口、岡博昭、稲川喜一(川崎医大)木股敬裕、難波祐三郎(岡山大)青雅一(岡山済生会総合病院)浜中孝臣(川崎病院)末延耕作(岡山医療センター)永瀬洋(岡山労災病院)青木久尚(倉敷中央病院)奥山典秀(津山中央病院)ら。(敬称略)
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第47回 川崎医大/口唇裂口蓋裂治療
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2006年1月21日掲載 | |||||
新生児の唇から鼻にかけ形成不全がある口唇裂、口と鼻を仕切る上あごの形成不全である口蓋(がい)裂は五百人に一人の割合で生まれるとされ、多指症や小耳症など先天異常の中で最も発生率が高い。外観の問題に加え、口蓋裂は言語発達や食物ののみ下しにも影響があるため、乳幼児期に手術が必要になる。川崎医大病院(倉敷市松島)の森口隆彦形成外科部長はこうした子どもを三十年余で千人以上治療し、中四国随一の実績を誇る。 治療は裂を閉じる手術の後、鼻の修正、口蓋に残った穴の閉鎖、あごへの骨移植など二次手術を数回行うことがあり、十代後半まで長期に及ぶ。歯の矯正、合併する中耳炎の治療、言語訓練も欠かせない。「多くの診療科の協力による一貫した治療が必要」。森口が強調するのは「チームアプローチ」の重要性だ。 同病院は一九九〇年、口唇裂口蓋裂専門外来を開設。森口を中心に形成外科、矯正歯科、耳鼻咽喉(いんこう)科、リハビリテーション科の医師と関連の川崎医療福祉大の言語聴覚士、看護師が週一回、同じ部屋で診察する全国でも数少ない総合的治療体制を確立。患者の負担を軽減した。 「専門外来で医師や同じ病気の子どもの母親から話を聞け悩みが軽くなった」。岡山市の三十代母親は二〇〇三年春、生後間もない長男を伴い受診した。患者の半数は口唇裂、口蓋裂を合併しており、長男も左右両側の口唇裂と口蓋裂があった。出生前に病気が分かり母親は悩んだという。
長男は森口の執刀により生後三カ月で左の口唇裂、六カ月で右の口唇裂、一歳六カ月で口蓋裂の手術を受けた。いずれも全身麻酔で時間は約一時間半。「こんなにきれいに治るとは」。母親は二月で三歳になる長男の手術結果に満足している。 口唇裂手術は術後の傷あとをいかに目立たなくするかが鍵。止血、縫合など執刀医の技術が歴然と結果に表れ、経験がものをいう手術だ。また、口蓋裂手術は口蓋全体を後ろへずらすようにして口から鼻への空気漏れを防ぎ、言語能力を向上させるのがポイント。森口が執刀した症例は一回の手術で正常な言語能力を得た患者が九割を超す。 専門外来を受診する新患は中四国や関西、九州から年四十人前後に上る。森口は「口唇裂、口蓋裂治療は子どもの将来を左右する」と、ライフワークとして治療に励む。 先天異常をはじめ熱傷や顔面骨折、あざ、傷あと、床ずれなど身体外表を治療する形成外科。がん切除後の乳房、頭頸(とうけい)部などの再建手術を含め治療は全身に及ぶ。中でも森口が力を入れるのが美容外科。同病院に二〇〇三年、新設された美容外科部長を併任。しみ、しわなどアンチエイジング(抗加齢)の医療にはレーザーや光治療を用い、重瞼(けん)、隆鼻、豊胸などの手術も手掛ける。 一九六九年、岡山大を卒業し、京都大形成外科入局。聖マリアンナ医大、浜松医大をへて八二年に川崎医大へ助教授として赴任。八八年から教授。日本形成外科学会や日本口蓋裂学会の理事長を歴任、現在は日本褥瘡(じょくそう)学会理事長。四月に岡山市である日本形成外科学会総会では会長を務める。わが国形成外科で最も歴史のある東京大の光嶋勲教授もかつて森口の下で川崎医大助教授を務めた。 川崎医大形成外科には自慢の医局歌「未来(あした)へ…」がある。「人との出会い 心が求めている」という歌詞は森口の作。普段から心掛けるチームワークを象徴している。六十二歳。 (中浜隆宏) |
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