川崎祐宣 の関連記事は5件です。



第2回 岡山県知事 三木行治(2) 生命の使徒 福祉優先“奉仕”の県政 (2007/6/2)
マグサイサイ賞のメダルを披露する三木知事(昭和39年9月8日撮影) 三木行治は昭和十四(一九三九)年二月、岡山から上京、岡山簡易保険健康相談所内科医から保険院簡易保険局監理課勤務になった。三十六歳。 行政官になった三木の最初の仕事は九年間働いていた健康相談所の拡...


旭川荘創立50周年対談(下) 自立への訓練、指導体制整備 (2007/5/14)
開設当時の旭川荘=昭和32年撮影 越宗「重症心身障害児に施設を」「善意の建設資金を募る」と見出しがあり、「二十万円 山陽新聞社」「二十万円 山陽新聞社会事業団」として最初の寄付をしたことを示しています。そして社会面に「社会の片す...


旭川荘創立50周年対談(上) 医療福祉掲げ半世紀 障害者支援の確立へ (2007/5/14)
川崎氏(左)、堀川氏(中)、江草氏(右)=昭和62年4月21日 岡山市祇園地先、総合医療福祉施設旭川荘が創立50周年を迎えた。赤ちゃんからお年寄りまで、医療と福祉が一体となってケアするシステムを確立し、日本を代表する社会福祉法人になっている。旭川荘の創立に参...



第11回 国内初の医療福祉大学 江草安彦 「人類に奉仕」が理念 (2006/9/20)
卒業証書を朗読する江草学長 「医療福祉大学をつくりたい。私の生涯最後の仕事だ」。昭和六十二(一九八七)年一月、川崎祐宣川崎学園名誉理事長は江草安彦旭川荘理事長に切り出した。かねてからその必要性を進言していたのは江草だった。...



第9回 川崎学園理事長 川崎祐宣 戦後初の医大創設 岡山で三つの夢実現 (2005/8/15)
 川崎祐宣(1904~1996) 鹿児島県生まれ。川崎病院(岡山市中山下)を県内有数の総合病院にし、それを母胎に五十三歳で社会福祉施設旭川荘を開設、六十六歳で戦後初の私立医科大・川崎医大を開学した。医療と福祉、医学で大きな足跡を残した。岡山県名誉県民。 昭和二(一九二七)年岡山医大へ入学した。「京大へ入れず泣く泣く岡山へ来た」―二十三歳の新入生は晩年、笑いながら話した。 生涯の友に出会う。高原滋夫、村上栄。医学を学び、庭球、乗馬で汗を流し、酒を飲...




病院情報
心臓病センター榊原病院
開院当初から、医療を受...



川崎医大川崎病院
この度、川崎医科大学の...



慈圭病院
「わが子でも安心して任...



松田病院
外科は消化器・肝胆膵領...



旭川荘療育センター児童院
重症心身障害のある人た...



光生病院
24時間急患受け入れに対...



脳神経センター大田記念病院
脳卒中と脳血管疾患の専...



岡山赤十字病院
当院は、地域の中核病院...



岡山旭東病院
脳神経外科、整形外科、神...