秦佐八郎 の関連記事は5件です。



第3回 岡山大学学長 清水多栄 胆汁酸の研究 肝臓生合成 初の仮説 (2007/6/4)
学士院記念賞受賞の記念講演する清水=「俯讀餘香」から 「胆汁酸の化学と生理」(研精堂印刷所)とドイツ語で書かれた赤茶けた紙箱。中から本を取り出し、紺色の布張り表紙をめくると「昭和拾壱年六月 清水多栄」墨のあとも鮮やかな筆遣いでしたためてある。岡山大...



第3回 第一生命社長 矢野恒太 保険医から創業 結核対策で次々事業 (2006/9/4)
晩年の矢野恒太。経済人として活躍した(第一生命提供) 岡山県医学校から岡大医学部までの卒業生で組織する岡山医学同窓会は百二十六年の歴史を誇り、卒業生一万一千余人に及ぶ。多くは医師の道を歩んだが、異色の世界で活躍したのは矢野恒太、岡山孤児院を開設した...



第2回 世紀の発見 秦佐八郎 独留学で梅毒特効薬 (2006/9/3)
サルバルサンを創製したエールリッヒと秦佐八郎(北里研究所提供) 明治四十(一九〇七)年、伝染病研究所第三部長秦佐八郎は三年間ドイツ留学に旅立ち、ベルリンのコッホ研究所に入った。岡山の母校・第三高等学校医学部の恩師荒木寅三郎教授が学んだ国、当時の日本の医学者あ...



第1回 ペストと闘う 秦佐八郎 命がけの治療先頭に (2006/9/1)
渡米する野口英世(左)と秦佐八郎(中央)らの記念写真(北里研究所提供) 明治の初め、中四国唯一の医学教育の場があった岡山は多くの人材を輩出してきた。明治、大正、昭和、平成と、世界、日本の医療史に残る仕事をした人、医療県岡山の基礎を築いた人、こうした人々の足跡をたどる...



第5回 京都大総長 荒木寅三郎  倉敷中央病院開設 優秀な人材送り込む (2005/8/6)
 荒木寅三郎(1866~1942) 生化学講座の先駆者。岡山にあった第三高等学校医学部教授、京大医学部教授、京大総長を歴任。大原孫三郎の要請で倉敷中央病院の創設に協力、優秀な医師を送り込む。日本医師会会頭、学習院長、枢密顧問官。 明治二十(一八八七)年、岡山県医学校は第三高等中学校医学部として存続が決まった。岡山市丸の内に校舎、県立病院を新築、後に第三高等学校医学部と改称した。 同二十九(一八九六)年、荒木教授は岡山へ着...




病院情報
岡山大学病院
臓器移植、小児心臓外科...



倉敷広済病院
入院から在宅まで地域密...



おおもと病院
乳腺系外科疾患、消化器...



笠岡第一病院
質の高い地域医療と専門...



岡山ハートクリニック
5人の医師が全員循環器...



チクバ外科胃腸科肛門科病院
大腸肛門領域の専門病院...



倉敷成人病センター
"ひとりひとりにやさし...



川崎医大川崎病院
この度、川崎医科大学の...



岡山済生会総合病院
当院は「あらゆる人々に...