


渡辺元一は明治十九(一八八六)年、岡山県医学校を卒業、故郷笠岡で開業した。同市十一番町、孫にあたる渡辺登氏宅に医学卒業証が残っている。定員百名、教育は厳しく、四年後卒業したのは九人。笠岡で初の近代医学教育を受けた若き医師の登場だった。
初の大仕事はコレラ。「八十余人の患者ことごとく死亡」という惨事。讃岐から白石島を経て笠岡の町中へ広がったと感染経路を特定、治療にあたるとともに、手洗い励行、土葬禁止など感染予防の方法を指導してまわった。
笠岡町議会は同二十七(一八九四)年、治療費に困る町民救済を議決、施療院を開設、渡辺が担当した。「奇特ノ応援家」「公共ノ事ニ熱中セン医師」と敬慕され、渡辺は診察が受けられない貧しい患者を無料で治療する救済事業へ傾倒していく。
同三十三(一九〇〇)年、浄土真宗の僧津田白印が孤児院・甘露育児院を開設、その衛生主任に就任した。東北大 飢饉 ( ききん ) で多くの孤児を受け入れ百人を超える大所帯になったが、無償で子供たちを診療する渡辺の姿があった。二十四年間、仏の慈悲の心で、石井十次の岡山孤児院と並ぶ活動を笠岡で展開した。津田白印は「力ノ及ブ限リ応援セントテ開院以来施療施薬ニ加ヘ金品ノ寄贈ヲ怠ラズ」と称えている。
渡辺は四十四歳、小田郡医師会長になっていた。同市北川、真言宗明王院副住職高橋慈本に「お薬師さんに信仰と医術で救済事業をしてはどうか」と提案した。自分の晩年をかけた言葉だった。
大正三(一九一四)年、無料で治療する施療院・悲眼院が開院した。走出薬師の大師堂を診察室、薬局にし、離れ座敷を病室にした。代表者になった高橋慈本と渡辺院長は院是を決めた。
一、治療は医術と信仰の併進を基調とする
二、不浄の寄付勧募はなさず、浄財の寄付金のみを受くる
三、患者よりは人格上の意味において任意の寄付金は受くるも、その他は徴収せず
四、関係者は病院によって生活せざること
人間尊重、医の倫理、奉仕の心を掲げ、実践した。一年目、眼科だけで一万二千人の患者を一人でみた。その後、内科、外科、産科と拡大、医師も患者も増えた。
渡辺の日課は午前四時起床、六時まで写経、六~八時自宅診察、十~十一時町内往診、十一~午後三時悲眼院診察、三~六時町外往診、六時より紡績医務局、八~十時各種救済事業。
写経で心を洗い、一日六時間貧しい人々のため奉仕の診察をし、時間があけば読書した。
十年間、悲眼院院長として貧しい人のため、走り続け、五十七歳で亡くなった。悲眼院無得居士。
米騒動、不況、地主と小作の対立など貧乏が大きな社会問題だった大正時代に「公共慈善ヲ以テ唯一ノ楽シミトスル」名医だった。
孫の渡辺登さんは「偉ぶらず、医は仁なりを生き方で示した信仰の人でした」と話す。悲眼院は児童福祉施設となり存続している。
医家俊秀
医師として社会事業で活躍したのは山本徳一(1878~1976)と赤沢乾一(1873~1962)。山本は赤坂郡由津里村に診療所を開設、貧しい家庭の無料助産に尽力した。戦後、戦災孤児を受け入れる天心寮を開寮した。命名は黒住宗和教主。山本もまた信仰の人であった。児童施設として今も存続。
赤沢は岡山博愛会内科主任として恵まれない人たちの治療にあたり、後に理事長、岡山済生会理事長を歴任した。(敬称略)
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県南西部 |
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悲眼院 渡辺元一 山本徳一 赤沢乾一 救済事業 |

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