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第1回 ペストと闘う 秦佐八郎
命がけの治療先頭に

渡米する野口英世(左)と秦佐八郎(中央)らの記念写真(北里研究所提供)
渡米する野口英世(左)と秦佐八郎(中央)らの記念写真(北里研究所提供)

 明治の初め、中四国唯一の医学教育の場があった岡山は多くの人材を輩出してきた。明治、大正、昭和、平成と、世界、日本の医療史に残る仕事をした人、医療県岡山の基礎を築いた人、こうした人々の足跡をたどる。

     ◇

 秦佐八郎は明治六(一八七三)年、島根県益田市美都町の造り酒屋山根家の八男として生まれた。

 「岡山へ出て、勉強させる」―遠縁で代々医者の家だった秦家の跡取り息子が亡くなり、養子の話が持ち込まれた。十四歳、勉強好きだった佐八郎と両親はこの一言で医師の道へ入ることを決め、秦姓になった。十八歳になり、約束通り、中四国で唯一の国立医師養成機関だった第三高等学校医学部に入学した。岡山市内山下の地に完成したばかりの新校舎だった。負けず嫌いの佐八郎は猛勉強して頭角をあらわし、教授陣からも一目置かれる存在になり、卒業。付属の岡山県立病院助手として残り内科医の腕を磨いた。

 この時、岡山から東京へ道を開いてくれる恩師と出会う。生化学、生理学、衛生学を担当する荒木寅三郎教授。ドイツ留学を終えた新進気鋭の学者だった。後に京大総長、学習院長をつとめる日本の生化学研究の先駆者。

 佐八郎はドイツ語の生理化学分析書を与えられ、実験に取り組んだ。化合物の分析、検査する手際よさ、正確さ、考察の 緻 ( ち ) 密さ。研究者としての天分を発揮する若き学徒佐八郎に荒木は驚いた。しかも熱心だった。ランプの明かりを頼りに夜遅くまでドイツ語、英語、化学実験に打ち込む姿をたびたび見た。〓啄 ( そったく ) 同時、師弟は一年半近く、共に励んだ。

 明治三十一(一八九八)年上京、伝染病研究所に入所し、念願の研究生活が始まった。所長はあの北里柴三郎、荒木が推薦状を書いてくれた。荒木を第三高等学校医学部教授に推薦したのは北里で、その教え子を受け入れたのだった。

 二十五歳、まさに血 沸 ( わ ) き肉 躍 ( おど ) る思いでの上京だったに違いない。所長の北里は四十六歳。ベルリンでコレラ菌発見のコッホに学び、破傷風菌の純粋培養に世界で初めて成功。破傷風、ジフテリアの血清療法の基礎を築いた世界的細菌学者だった。

 一緒に入所したのは三歳年下の野口英世だった。青雲の志を抱いて会津と岡山から出てきた若者は後に世界の人々から賞賛される発見をする。また、よきライバルとして梅毒の病原菌スピロヘータの研究で野口は米国、秦はドイツ、海を隔てて競うことになる。

 当時、医学研究の最大のテーマは多くの人々の生命を奪う伝染病だった。コレラ、ペスト、梅毒、結核など人から人へ感染していく伝染病の病原菌の発見、そして特効薬の開発に世界の医学者がしのぎをけずり、細菌学、寄生虫学が主流だった。

 秦が細菌学者としてスタートを切った翌年、日本にペスト菌が入り、神戸市で発生した。この五年前、香港で発生、日本政府は北里を調査に派遣、現地でペスト菌発見の快挙を成し遂げていた。北里は秦らを従え神戸入り、防疫対策の先頭に立った。ペストはネズミの間に流行し、その血を吸ったノミから人間に感染。リンパ節がはれ心臓が衰弱、敗血症を起こすと全身に黒いあざが出来、死亡する。患者が苦しむ様を目の当たりにし、秦の研究テーマはペスト治療になった。

 二年後、和歌山県で発生。今度は秦が中心になり、現地で治療、感染拡大防止へ、命がけであたった。秦は北里の期待に応えてペスト免疫血清製作に成功、感染者には血清療法を行い、未感染者には予防注射が出来るようにした。ペスト予防法策定にもかかわり、水際で防ぐ防疫法を示した。

 伝染病研究所に入って九年間、まさにペストと闘う日々だった。

 (敬称略)


 ◇参考文献はまとめて掲載します。

〓は「口」の右に「卒」

(2006/9/1)
※登場する団体・人物は掲載時の情報です。

ペスト    第三高等学校医学部    岡山県立病院    伝染病研究所    秦佐八郎    細菌学    北里柴三郎    荒木寅三郎    野口英世    ペスト免疫血清    


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第1回 ペストと闘う 秦佐八郎 命がけの治療先頭に (2006/9/1)




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